Stories デザインの居場所

ちいさなスペースに、おいしいワインとおつまみ、デザートを楽しむカフェと、夫婦ふたりの暮らしとを受けとめる、9坪、庭つき2階建て。
住まい手の思いに導かれながらの、職住一体の家づくりと、軽やかな変化をたどります。

ふたり合わせて「ノリタカ」夫婦

木津 「ノリタカちゃん」とみんなに呼ばれているおふたり。絵本の「ぐりとぐら」みたいで、なんとも可愛らしいご夫婦のありようが素敵です。

紀子(以下ノリ) 寝るまでふたりでずっと喋っています。よくそんなに話すことがあるね、とみんなに言われるんですが、不思議とある。だんだん似てきたと言われますね。

隆寿(以下タカ) 最初はふたり違っていたのですが、どちらかというと僕の方が影響されてこうなりました。ノリはものを作る活動をしながら、友人にケータリングを頼まれたことがきっかけで、飲食へ。

ノリ 交際していた時からお店をやりたいね、と言っていて、結婚後は、家を買うなら住居兼店舗にしよう、と。そうして茅ヶ崎に住みながら、不動産屋さんと一緒に色々な土地を巡っていました。

木津 僕がおふたりに初めて出会ったのがちょうどその頃。茅ヶ崎Inu it furnitureの犬塚浩太さんの個展の会場でした。「いつかおうちでカフェを開きたいんです」と話ししてくれましたよね。

ノリ そうでした。それからしばらくして、気になる土地をやっと見つけて、木津さんの顔がはっと思い浮かんだのです。

木津 nokkaのストーリーの始まりでしたね。12年前、9坪のカフェハウスを設計したときのことを、僕はよく覚えています。ノリタカさんふたりのおうちにお友達が遊びに来る。ここはそういう場所としてつくればいいんだな、と思ったんです。

10周年を迎えて、楽しい方に舵を切る

木津 nokkaは、2021年にタカさんがそれまでお勤めの会社を辞め、それまでの兼業スタイルからフルタイムでの営業を始めましたよね。いつでも一緒のおふたりに会いに行ける! と嬉しく思ったと同時に、とても驚きました。

ノリ それまでは平日、タカちゃんはサラリーマンで、私が主になってカフェを営業していました。でも、週末にふたりでやっている方が、ひとりでやっている時よりも楽しくて。

タカ オープンした頃は、ぼんやりといつか一緒にやりたいね。という感じだったのですが、続けるうちに早くふたりで、という気持ちが強くなっていきました。僕の定年を待っていたら、やりたいことが限られてきてしまう。10周年を迎え、今しかないと思いました。

ノリ コロナ禍の最中だったし、すごく決断がいることでした。でもなんだか、これからの世の中、こうしたことは常にあるような気がして。やりたいと思った時がタイミングだな。と、思い切って。

木津 大きな転換点ですよね。収入の面など、不安はなかったですか?

ノリ そのへんはあまり深く考えなかった(笑)。ふたりでやればなんとかなるし、まわりに同じような先輩たちもいる。絶対、こっちの方が楽しいんじゃないかと思いました。

木津 なるほど、不安ばかり見つめていると、やりたいことがわからなくなってしまいがち。それより、こんなに楽しそうなことが見えているのになんでやらないの? という……

ノリ そう、もったいない! って!

木津 そうですよね! 人生一回しかない。

ノリ そうなんです。楽しいことしか思いつかなかった。

カフェを開きながら暮らす日々

木津 毎日一緒におうちで働くというのは、どんな感じですか?

ノリ 今は、営業中は基本的に1階に、お店を閉めてからは、それぞれが好きなように自分のことをしています。どちらかが2階で家事をできるのも住居兼お店の便利なところで、9坪の中で動き回っています。でも「家で仕事をしている」という感じはしないよね?

タカ そうだね。会社で働いていた頃は、オンオフを切り替えてバランスをとっていたところがありました。でも実際にフルタイムでnokkaをやってみると、なんだか常に楽しいことがある。

ノリ サラリーマン時代のタカちゃんには、週末だけが自分たちの生活、という感覚があった気がします。すると平日はタカちゃんのいない分のサポートを私がやることになって、結局ふたりして会社の時間に縛られていた感じでした。それが今は無くなって、やらなきゃ、という意識から自由になった。うちに遊びにきた人に、どうしたらいい時間を過ごしてもらえるか、おもてなしを考えることが、楽しいのです。

タカ 考えることも含めて、無理なく負担なくできているからね、楽しんでいられる。

ノリ 責任感のようなものは湧いていますけれど、趣味や楽しみが仕事になったという感じです。好きなことをしてお金をいただいている。こんないいことはない。

木津 今のおふたりを見ていて感じるのは、「生きること」と「働くこと」をひとかたまりに楽しんでいる様子です。ワークライフバランス、とよく言いますが、ワークとライフを片手ずつに持ってバランスを取るというイメージではなく、両方ひっくるめて自分たちの真ん中に大事に抱えているような。それがnokkaのあり方なのかな、と思います。それが、おうちとカフェがつながる職住一体の暮らしにぴったり合っていますよね。

この土地にめぐり出会うまでの10年

木津 おふたりで土地を探し続けて、ここに巡りあうまで、10年……10年ってすごいですね。

ノリ 急いで見つけるつもりはなく、せっかくなら自分たちの希望を叶える場所にしようとは思っていたのです。私たちの予算や希望を伝えると、紹介されるのは建売や条件つき住宅が多かったですね。つまらないなあ、だったらいらないか、と話していたら10年たっていました。

木津 妥協せず「いらない」と思えることも大切です。

ノリ 諦めかけていた頃、「こういう土地は嫌だよね」と案内されたのがここです。変形地で使いにくい、でも、ここがいいかも。すぐにそう感じました。日当たりと風通しが良かった。駅から離れてはいないけれど、大通りに面してはいないので、お店と住むことの両方を考えると、ぴったりでした。

木津 条件で検索しても、なかなかこういう場所は引っかからないでしょうね。土地を探すにあたって、10年間という取捨選択の蓄積がある。だからこそ、バチッとはまったことが直感として分かったのでは。

ノリ はい、だけれど、実際に土地をどう活かせばいいかはまったくわかりませんでした。たったひとり設計士の知り合いだった木津さんに相談して、希望が見えるようだったらできるかもしれないと思ったのです。

木津 そうでした。一緒に土地を見に行って「9坪くらいしか建たないと思うんです」と言われたのを覚えています。実際に図面を引いてみたら9坪の正方形でぴったりでした。

ノリ きっと楽しいことになるんじゃないかな、というワクワク感は、ありました。

できるんじゃないかな、やってみましょうよ

木津 「これくらいの予算で、おうちとカフェがひとつになったものを作りたいんです」ノリタカさんにそう頼まれた時、僕は設計事務所を開設したばかりでした。それまで手がけた建物といえば、小さなジェラートカフェ「The Market SE1」だけ。正直、やったことないから、できるかどうかわからない。

ノリ 私たちも、ドキドキしていたのを覚えています。どうしようかな、できるのかなあって。

木津 こんなに素敵なふたりが訪れて「できますか?」って聞いてくれている。やれるも何も、やってみたいという気持ちが強かったです。それができたら、絶対にいいに決まってる! と確信がありました。「できない」とはとても言いたくなかった。「できる」とも無責任にいえなかったけれど(笑)。

ノリ あのとき、木津さんは「できるんじゃないかな」って言ってました(笑)。

木津 そう! 「やってみましょうよ」って言いました。「できるかどうかははっきりわからないけれど、やりようはあるんじゃないですかね。やり方を一緒に考えましょう」

タカ それを聞いて、ふたりで、「ええー、できるんだって!」って言い合いました。

木津 幸いなことに、「The Market SE1」を手がけたことで、僕は大工の宅間学さんに出会っていました。茅ヶ崎に作業場を持つ、非常に頼れる一人親方です。「これくらいの小さいおうちをこれくらいの予算で」って、ノリタカさんと同じように相談したら、「やりよう、じゃない?」って言ってくれたんですね。このチャンスを逃してなるかと思ったのです。10年前だったからできたこと、今なら無理だったかもしれません。

小さなスペース。何が欲しくて、何がいらないか

ノリ 家づくりをやってみましょう。と言われたとき、なんだか視界がキラキラキラ! と輝いて、それからとても話しやすくなった。調子に乗って、あれもしたいこれもしたい。そんな私たちの言葉ひとつひとつに、木津さんが耳を傾けてくれました。

木津 お話ししていて特に印象的だったのは、おふたりの「いらないもの」がはっきりしていたことです。壁はいらない、ソファもテレビも個室もいらない、という。「ベッドルームもいらないんですか?」と聞いたら、「ふたりしかいないのだから、部屋の隅にベッドがあればいい」ってお答えになる。ここまでできるなら、9坪でカフェと住居、全然いける! 打ち合わせの1−2回目で思いました。必要ないのに欲しがらされている現代病みたいなものってあるじゃないですか。僕なんか百円ショップに行くと痛感します(笑)。そのなかで「欲しくない」ってはっきり言えるのは、意外に特殊能力だと思うのです。おふたりの要望には、本当にそれが必要かという吟味ができていた。だから、おふたりが欲しいというものは、よっぽど欲しいもの、大切なものだと思いました。

ノリ どうしても欲しい、と伝えたのはベランダでしたね、天日で布団を干したい。

木津 腰高窓に干すのではダメですか? と僕は聞きましたよね。

ノリ 30cmでもいいから外に出て干したいんです。って言いました(笑)

木津 それで、本当に小さいけれど2階にバルコニーを作った、すると晴れた日に、外に出られる場所がある。ああ、部屋を狭くしたとしても、その方が豊かだと思ってくださる人たちなんだ。って感心したのを覚えています。

ノリ 冬場は2階がすごくポカポカで、ホッとします。1階にも光を取り込んで明るくて気持ちいいし。毎日この窓に感謝だなあと思います。

家づくりの思いの伝え方、応え方

木津 僕にとって、お施主さんに導かれるようにして作る、というスタイルができた最初の建物がnokkaです。自分が突拍子もないアイデアを思いついてなんとかしてやろう、みたいな力技はここではいらないし、余計なことをするとうまくいかなくなりそうな気がした。答えはすべておふたりの中にあると思いました。どんな風に、どんなお店にしたいかを、たくさん話しましたね。

ノリ 洋書の切り抜きを見せながら外壁のイメージを伝えたら、木津さんが何パターンも作ってくれたり。

木津 そう。おふたりは想いを伝えるのが上手でしたよ。

ノリ 聞き出してくれたし、宅間さんも引き受けてくれました。これは絶対できないよね。ということも「できるんじゃない?」って言ってくれたよね。

木津 思い返すと、聞いてみよう、とか、任せちゃおう、ということを上手にできるおふたりだったからという感じがします。逆のタイプ、全部自分で決めないといけないと考えるお施主さんもいるでしょう。例えば一生懸命矛盾のないように、条件を整理してリストアップして……という方。でも、僕としては「これとこれは矛盾しているんだけれども、だけどいいと思っている」と伝えてくれるほうが、応えやすい。柔らかくこちらに委ねてくれたからこそ、nokkaが出来上がったと思います。このおうちが僕の最初の住宅で本当によかったと思うんです。違っていたら、もっと嫌なやつで、すかした建築家になっていたかもしれない(笑)

軽やかに、自由に走り続ける、nokkaのこれから

木津 2011年、この建物が建った直後に、東日本大震災が起きました。

タカ 震災の2日後に引っ越し。次の月にオープン。物も届かなかったし、計画停電もあったなかで、でも、やろう、ということに。

ノリ 昼間から女性がワインとおつまみを楽しめる店、というイメージで。だんだんとお料理を増やして。タカちゃんがデザートを担当して。デザートの種類もたくさん増えました。

木津 ずっと止まらずに手を動かしながら、nokkaは続いているんですよね。

ノリ あの頃は気持ちもぐらぐらしていたけれど、「楽しければいいじゃん」と、あまり深刻にならないようにして、走ってきましたね。

タカ あっという間だったね。試行錯誤を繰り返して、ようやくこの2−3年で、やっと自分達のやりたいことができてきた。

ノリ 本当に。世の中にも色々なことが起きて、考えさせられるようなことがいっぱいありました。でも、美味しいものをちょっとつまんで、美味しいお酒を少し飲めるだけで幸せを感じる。そんな空間が本当にありがたい。自分たち自身も、出かけていくといつもそう思うんです。

木津 それが贅沢なことなんだ、って、コロナ禍の4年で思い知らされましたよね

ノリ まん延防止条例の期間中にモーニングを始めて、お客さんが「不自由な時期に心の支えになった」と言ってくれたことが本当に嬉しくて。自分達のエネルギーの源になっています。これからは、出張ももっとやっていきたいなと思っています。じっとしていられません。

木津 軽やかに動き続けるおふたりのあり方がすごく素敵です。

ノリ 歳をとって、食べ物の好みが変わって来たら、カウンターで飲める小料理屋になっているかもしれません。環境や自分たちの気持ちの変化に合わせて、お店を変えていってもいいんだなって思っています。自由ですね。いつも自由でいたい。

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